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仙台高等裁判所 昭和54年(ネ)336号 判決 1980年1月25日

控訴人

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野花子

右訴訟代理人

米田房雄

外二名

被控訴人

検察官

清水安喜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。(主位的に)控訴人が本籍○○市大字○○字○○五三番地亡山下卓(大正○年○月○○日生)の子であることを認知する。(予備的に)右山下卓と控訴人との間に父子関係が存在することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人は当審口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた答弁書には「控訴人の主位的請求および予備的請求をいずれも却下する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との裁判を求める旨の記載がある。

当事者双方の主張は、次に付加するほかは原判決が事実欄に摘示しているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は「控訴人と訴外山下ちよ外五名間の右訴外人らを原告とする青森地方裁判所昭和四七年(タ)第一四号認知無効請求事件(控訴審仙台高等裁判所昭和四九年(ネ)第二二四号、上告審最高裁判所昭和五〇年(オ)第八五九号、以下これを「前訴」という)において、「亡山下卓の昭和四六年六月一八日遺言執行者届出による認知を無効とする。」との控訴審判決が上告棄却の判決言渡しにより確定したが、右控訴審判決の理由とするところは、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授しなかつたから公正証書による遺言が無効であるというのであつて、右山下卓と控訴人との間に親子関係がないとの実体上の理由によるのではないから、実体上の親子関係存在を理由とする本件の認知請求には、前訴の既判力は及ばない。」と述べた。

(証拠)<省略>

理由

一<証拠>によれば、本籍○○県○○市大字○○字○○五三番地山下卓は、昭和四六年六月一七日午後三時死亡したところ、翌一八日その死亡届出とともに、遺言執行者からの控訴人を認知する旨の届出がなされ、その旨の戸籍記載がなされたが、昭和五一年一月二一日、訴外山下ちよからの同月一六日認知無効の裁判確定を理由とする戸籍法一一六条に基づく戸籍訂正申請により、右認知の記載が消除されたことが認められる。

二そこで、右戸籍訂正の原因とされた確定判決(控訴人のいう「前訴」)の内容等について検討する。<証拠>によれば、前訴においてその原告山下ちよ他五名は、「○○市長が昭和四六年六月一八日受付けた山下卓の被告(本件控訴人、以下同じ)に対する認知が無効であることを確認する。」との判決を求め、請求原因として「被告は山下卓の子ではないうえ、卓は昭和四六年六月一六日午後五時頃から昏睡状態に陥つて酸素吸入の手当を受けつつ翌一七日午後三時に死亡したのであつて、前記遺言時とされる同年六月一六日には遺言をしたこともなく、またその意思能力もなかつた。」と主張したが、一審は同被告が山下卓の子であること、前記認知の遺言時において山下卓は意思能力および認知意思を有したことを認定したうえ、右遺言が公証人の質問に対してうなづく形で行われたことも、遺言者の口授によつて遺言公正証書が作成されたものと解するを妨げないと判断して請求棄却の判決をしたところ、前訴の控訴審は、請求の趣旨・要因の変更はなかつたにもかかわらず、認知が真実に反するか否かその他前訴の原告ら主張事実の存否について何らの認定判断をすることなく、卓が公証人の質問に対し単にうなづいただけで一言も口述していないから、公正証書による遺言の方式としての「口授すること」の要件が欠けているとして「本件公正証書による遺言は無効であり、したがつて遺言によつて認知した旨の遺言執行者による本件認知の届出も無効である。」と判示し「原判決を取り消す。亡山下卓の昭和四六年六月一八日遺言執行者届出による被控訴人(本件控訴人)に対する認知を無効とする。」との判決を言渡し、更に昭和五一年一月一六日上告棄却の判決言渡しにより右控訴審判決が確定したことが認められる。したがつて右確定判決は、主文に「認知を無効とする。」との文言を用いてはいるが、判決理由と総合してこれを読めば、その実質は当該公正証書遺言が方式に瑕疵あるため遺言として無効であることを宣言(確認)したに止まることが明らかである。

三任意認知により非嫡出父子関係が創設されれば、その父子関係は認知無効または認知取消の裁判によるほか、覆滅されることはない。ここにいう認知無効の裁判とは、認知が真実に反することを理由とする人事訴訟手読法上の形成(創設)判決のみを指し、それ以外の一般の確認判決はこれに当らない。

前記確定判決は、人事訴訟手続法に基づく認知無効の訴訟物につき判断したものではない(このことが再審事由としての民事訴訟法四二〇条一項九号に該るか否かはしばらくおく)から、同法上の認知無効判決としての形成力・対世効を有するものではない。このような判決に創設的効力を認めることの不当性はこの訴が父または母の死亡後三年を経過するかその直前に提起された場合を想定すると、おのずから明らかであろう。血縁上の親子関係を有し、戸籍上もそのようになつていた子としては、全くその対応策を失うことになるからである。

四方式に瑕疵あるため遺言が無効である場合でも、当該文書の意思表示または証明文書としての効力まで否定されるとは限らない(例えば、遺贈が無効でも死因贈与として有効とされる場合がある。最高裁判所昭和三二年五月二一日判決民集一一巻五号七三二頁参照)。前訴において確定されたのは本件公正証書遺言が遺言として無効であるということにすぎず、遺言者が意思能力を有しなかつたこと、認知意思を有しなかつたことまでは確定されていないのである。

もつとも本件遺言が無効である以上遺言執行者の地位も生じないこととなり、本件認知の届出は遺言執行者による職務行為ではなくして、代理人による届出であるかの如き観を呈し、戸籍法三七条三項、六〇条に違背するとの疑いも生じようが、認知者が他人に認知届書の作成・提出を委託した場合であつても、そのことの故に認知の有効な成立が妨げられるものではなく、また、血縁上の親子関係にある父が、子を認知する意思を有し、かつ、他人に対し認知の届出の委託をしていたときは、届出が受理された当時父が意識を失つていたとしても、その受理の前に翻意したなど特段の事情のないかぎり、右届出の受理により認知は有効に成立するものと解するのが相当とされており(最高裁判所昭和五四年三月三〇日判決家裁月報三一巻七号五四頁参照)、受託者による届出が認知者の死亡後になされた場合でも、婚姻、養子縁組、離婚の場合と異なり、子の死亡後における認知および父または母死亡後における認知の訴が認められている趣旨に徴すれば、認知はその届出の時において認知者と子の双方が生存していることを必須の要件とするものではなく、少なくとも認知の届出が受理された以上、たとえその時に既に認知者が死亡していたとしても、そのことの故に、または方式違背により遺言が無効であることを理由として当然に認知を無効とすべき理由はない。戸籍管掌者としては無理からぬところがあつたにもせよ、前記確定判決に基づく戸籍訂正の申請はこれを受理すべきではなかつたといわなければならない。してみれば、控訴人としては再度の戸籍訂正許可もしくは当該戸籍訂正についての市町村長の処分に対する不服の申立をすることにより、前記認知の記載の回復を図る余地があると解される。

五以上のとおり、認知によつて創設された亡山下卓と控訴人との法律上の父子関係についてはこれを消滅させる形成判決がなされたものでなく、消除された戸籍の記載を回復する方途もあるので、控訴人の本件認知請求の訴はその利益と必要性がなく、却下を免れない。

控訴人は予備的に父子関係存在確認も訴求しているが、右請求に関する訴が不適法であることは原判決がその理由の末段で、説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて、控訴人の本訴を不適法として却下した原判決(なお、原判決は「請求却下」の文言を用いているが、右の趣旨と解する)は結局正当であり本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に則り主文のとおり判決する。

(田中恒朗 武田平次郎 小林啓二)

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